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魔王

とある兄弟の、勇気の物語。
「魔王」と「呼吸」という、対となる2編の物語から構成されています。
どちらも現代社会ととてもよく似た背景となっていて、
状況を把握しやすく、考えさせられる内容でした。


魔王

主人公の安藤は、安藤は、とっても考えすぎな性格なのです。
学生時代から、ちょっとしたことでもすぐに考察したがる。
心の中の口癖は「考えろ考えろマクガイバー」と言うほど。
マクガイバーというのは「冒険野郎マクガイバー」のことで、
実際の海外ドラマで放送されていたそうですね。
マクガイバーは、身近な物を武器にして戦う。
その主人公がよく困難医ぶつかると、自分に言い聞かせる台詞でした。
考察ばかりしてるのは、私も同じかもしれないけどね。

そんな安藤は、ある日とても奇妙な力を手に入れる。
それは超能力と呼べるものではないのかもしれないが。

安藤が乗る電車にたまたま乗り合わせた老人。
手すりにつかまって危なげに立っていたのだが、
誰から席を譲られることもなく、
あろうことか近くの席が空いたところ、若者に座られてしまった。
すると老人がいきなり、威勢の良い台詞を吐いた。
それはまさに、安藤が想像した通りの台詞だった。

これは偶然ではないのか。
だけど、同じことがまた起きる。
それは、安藤の会社で、古株の先輩の平田さんが課長に怒鳴られている時だった。
今まではそんなことなかったのだが、
その時は平田さんが課長に反撃の言葉を浴びせた。
それもまさに、安藤が想像した通りの言葉だった。

こうなると、さすがに偶然では片付けられない。
安藤はこの力を「腹話術」と名付け、
いろんな条件で考察することに。

その結果、腹話術を成功させるには、
喋らせる相手の姿を見る必要があるらしく、
距離については、安藤の歩幅で30歩程度の距離が腹話術の有効範囲のようだ。
人間以外の動物には、言葉を喋らせることができない以上、検証不可能だった。
また、喋らせるだけでなく、心の中で口ずさんだ歌を歌わせることもできるらしい。
ただし、テレビ画面越しには相手を喋らせることができない。

実質、10年以上前の作品なのですが、
「衆議院解散!」とか「憲法改正!」なんて叫ばれていて、
まるで今の社会をうつしているのかと思いました。
とはいえ、この作品は、決して政治についてとやかく言うものではなく、
現代社会とよく似た社会観を表現するためのツールに過ぎないのですが。
あまりにも今の現実の社会と酷似していて、まるで予言かと思ったくらい。
それはきっと、10年以上も前から、現実社会が行き詰っていることを意味しているのではないかと。
ちょうどその頃は、総理大臣がコロコロ変わる時代で、
誰がリーダーやっても変わらない、なんて思ってた。
今もそうなのかもしれない。

でも、この作品には、ヒーロー然としたリーダーが現れる。
まだ野党である「未来党」の党首の犬養。
39歳の若さだが、威勢のいい発言をするなど、
「この人ならどうにかしてくれそうだ!」と、
多くの国民が期待していた。
ところが、安藤は犬養をムッソリーニに似ている、という。
そこから日本がまたファシズムに向かっていくのかもしれない、
と危惧している。

ファシズムとは、ざっくり言うと「統一していること」。
だけれども、行き過ぎた整列や統制は、時に気味が悪い。
たとえばスイカの種並び。綺麗に整列してたら鳥肌が立つ。
すべての意思がある方向に統一されるのは、あまりにも不自然だ。

それは、ロックバンドのライブに集まる聴衆に対しても、同じ感覚を味わうことができる。
それが、群集心理のおぞましさ。。
人が殺人を実行するのに一番多い要因は「命令されたから」。
そしてその命令を実行することに、集団がサポートする。
集団は罪の意識を軽くする。

たかが、スイカの種並びやライブの聴衆から、
どうしてそこまで考える!?と思ってしまうのですが、
それが安藤なのです。

確かに現代人は、テレビやインターネットから得られる情報を眺め、
ただ漫然と生きている。
その情報はもはや、真実か嘘かなんて知ろうともしない。
それは、かつての日本人が、
「何もかもアメリカが悪い」と毛嫌いしていたのと同じではないか。
現にこの作品でもそんな批判的な風潮が広まり、
帰化申請して日本人となったアンダーソンの家が放火されるなんて、
悲しい事件も起きた。
それても健気に生きてる彼には好感というより尊敬の念がわいた。

「でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決していけば」
そうすれば、世界は変わる。
大事なのは世界が変わるかどうかなんかじゃなく、
それくらいの意気込みで生きていくこと。

安藤は手にした(?)腹話術の力を使って、大きな流れに精一杯あがこうとする。
しかし、そういう力には副作用というか代償がつきもの。
果たして…?

そういえばドゥーチェのマスターが出したカクテルが「グラスホッパー」だった。
伊坂作品のファンなら、同名の小説を真っ先に思い出すでしょう。
これは偶然なのでしょうか。
トノサマバッタは密集したところで育つと「群衆相」と呼ばれるタイプになる。
人間も同じではないか?
そんなマスターは、群衆が好きだと言った。
人間に限らず、大勢が集まって、行動を起こすというのに惹かれるらしい。

他作品との重要なリンクは他にもあって、
安藤の会社のパソコンが壊れ、修理を依頼した男が、
資材管理部の千葉という者だった。
〇〇部の千葉っていえば、伊坂作品の読者ならすぐわかるはず!
「死神の精度」の千葉だ!!ということは…!?
と、千葉の登場で、不穏になりながら読み進めました。

それから、安藤が同僚の満智子さんと一緒に飲んだ居酒屋の「天々」。
この店名にも聞き覚えがあるなと思っていたら、やっぱり別作品に出てきてました!
「チルドレン」で家裁調査官の陣内が、人事異動が決まった後輩の武藤を、
「行きたい店がある」と言って連れて行った。
そのお店には、「アキラ君」という、陣内が担当していた少年がバイトしていた店だ。
まぁ、安藤曰く全国チェーンのお店だそうなので、
全く同じ店舗とは限らないですがね。

ところで、犬養が愛読しているだと公言する宮沢賢治の作品。
多くの作品が引用されているのですが、詩も多く残していたりするのです。
まぁ「雨ニモ負ケズ」はあまりにも有名ですが、そういう牧歌的なものではなく、
もっと未来にビジョンを持ったような、思想的なものもあって、
そんな詞が引用されていました。
この圧倒的な言葉のエネルギーには惹き付けられる。
以前、別の作品ですが、声優の桑島法子さんが朗読されているのを聞いたことがあり、
宮沢賢治の言葉に惹きこまれた感覚を思い出しました。
それにしても、「注文の多い料理店」をファシズムと結びつける安藤の発想には驚きました。
宮沢賢治、じっくり読んでみたいな。


呼吸
兄が亡くなってから5年後、弟の潤也が主人公。
語り手は潤也と結婚した詩織になります。

潤也は兄とはまるで正反対で、考えない。
だけど、記憶力と直感の鋭さは、兄より遥かに上だと、生前の兄が認めたほど。
兄は、こうも言っていた。
潤也はよく弱音を吐くけど、それは心配ない。
強がって頑固な人ほど、何かのきっかけで倒れてしまうから、
潤也みたいに弱音を吐く方が強いと思う。
この感じ、何だかすごくよくわかる。
そういう意味で、兄は潤也に一目置いていた。
「魔王」は潤也ではないか?

潤也の両親は、兄弟が幼い頃に交通事故でいっぺんに亡くしていた。
それ以来、兄弟で支え合って生きてきたので、兄の死はさぞかしこたえたでしょう。
案の定、潤也は弱音をたくさん吐いた。
でも今はどうにか立ち直っている。

兄の死から5年、潤也と詩織が結婚してから3年になるが、
二人は東京を離れ、仙台で暮らしていた。
潤也が言い出したことではあるが、一応、潤也の仕事の関係でってことになるのかな。
何の仕事かというと、「環境に関する調査」。

兄の死後から二人やあらゆるメディアの情報から目を逸らし、耳を塞いで、
それがきっかけでテレビも新聞もネットも見なくなった。
だから、政治がどうなっているのかも知らない。
あれから未来党は躍進し、犬養は首相となっていた。
そして、憲法改正に関する国民投票が来月行われる。

私も政治に関心があるとはとても言い難いのですが、
投票にも数えるほどしか行ったことがない。
それは、誰を選んだらよいかわからないから。
それを潤也の兄は、「若者が国に誇りを持てないのは、大人が醜いからだ」と考察した。
テレビで流れる嘘だとか、くだらない答弁だとかを聞いてると、確かにねって思ったり。
そんなことより、家のこととか、仕事のこととか、
目の前の自分の問題でいっぱいいっぱいだよ。
「世界とか環境とか大きいことを悩んだり、憂慮する人は、
よっぽど暇で余裕のある人なのかもしれない。」
とは、詩織の職場の同僚の蜜代の台詞ですが、
その中で「小説家とか…余裕があるから、偉そうなことを考える」なんて、
伊坂さんなりの自虐ネタで、クスッとしました。

この作品、政治の話とか興味のない人には、むしろ苦痛になるかもしれない。
だけど、骨子はそこではないので、そんなに堅苦しく読む必要はないのです。

テレビを見なくなった二人は、本を読んで過ごすことにした。
食卓に向かい合って、潤也の兄が残していったたくさんの本を読む。
この情報社会であり得ないことかもしれないけど、
何だかこういうのすごくいいなぁって思ってしまった。

さて、潤也には兄の腹話術のようなことはできなかったが、
別の力?がありました。

兄が亡くなってから、潤也の運が良くなり始めた。
特にじゃんけんに至っては、詩織に一度も負けたことがない。
潤也曰く、相手が何を出すか予知できるわけでなく、
出したいものを出すと勝ってしまうらしい。
投げたコインの裏表を当てるのも同様。

そこで、どれくらいついているのか実験するため、
競馬場に行くことにした。
すると、最初の第二レースは外したものの、
第三レースから単勝を買うと、第八レースまで当たり続けた。

潤也たちは儲けるためにやったわけではないが、
単勝でもこつこつと稼いでいけば大金になる。
そこで、潤也は兄のこんな話を思い出した。
紙を25回くらい折り畳んでいくと、富士山くらいの厚みになるらしい。
実際に折り畳むのは物理的に難しいけど、計算上はそうなるらしい。
計算弱いので試していないですが、倍々にどんどん増えていく怖さを悟った。
この「倍々に増えていく怖さ」というのは、
「魔王」で語られていた「群衆の恐ろしさ」にもつながるものじゃないかと思われる。

ところで、潤也の仕事である環境調査とは、具体的には「猛禽類の定点調査」。
例えば、山を削るような大きな道路工事をするようなときに、
そこに棲む野生動物にどれくらい影響を与えるのか、調査をする。
何時間も待ちぼうけになったりして大変さはあるだろうけど、
この現代社会で、空をぼうっと眺めていられる仕事は、ある意味うらやましいなぁと思った。
それは、政治とか事件とか関係なく、平和な時間なんだな、って思える。

ムッソリーニの最後は、恋人のクラレッタと一緒に銃殺されて、
死体は広場に晒されたらしい。
群衆がその死体に唾を吐いたり、叩いたりしているうちに、
死体が逆さに吊るされると、クラレッタのスカートがめくれてしまった。
大喜びする群衆の中、一人、スカートがめくれないようにしてあげた人がいたらしい。
実話かどうかはわからないけど。
潤也たちはそういう人間になれるのかもしれない。
「大きな洪水は止められなくても、その中でも大事なことは忘れないような人間」。
これは、潤也の兄が生前願っていたことなんじゃないか、と。

兄は逃げなかった。逃げずに対決した。
それは、勇気のなせる業だ。
そのための何が力になるかはわからないけど。
お金なんかはそのわかりやすい例かもしれない。
確かに、お金があれば、自分のやりたいことができる。
お金は勇気すら買えるのかもしれない、とすら思ってしまう。

すぐ弱音を吐いてしまう潤也から、こんな勇ましい言葉が出るとは。
いや、もともとしぶとさを持ち合わせていたのかもしれない。

最後に、私の一番お気に入りのエピソードを抜粋。
潤也はごきぶりのことを「せせらぎ」と優しい音の名前で呼ぶことにしている。
それは、ごきぶりが嫌われるのは名前が良くないという、潤也の理屈から。
こんな言霊みたいなことで、ごきぶりに立ち向かえるのかな、って思うのですが、
これもある種の勇気で、言葉は勇気に与える力ですよね。


この作品の難しいのは、
群衆の怖さを訴えていた安藤が亡くなってしまったり、
詩織が国民投票で〇を書いて投票したり、
今までの勧善懲悪の伊坂作品の読者にとってはモヤモヤが残り、
困惑するポイントだったかと思います。
かく言う私も若干そうなのかも。
でも最後には潤也と詩織のブレの無さが、ほっとさせてくれました。
今までと違う読了感を味わいたい方は是非。



魔王 (講談社文庫)

魔王 (講談社文庫)

  • 作者: 伊坂 幸太郎
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2008/09/12
  • メディア: 文庫


会社員の安藤は弟の潤也と二人で暮らしていた。
自分が念じれば、それを相手が必ず口に出すことに偶然気がついた安藤は、その能力を携えて、一人の男に近づいていった。
五年後の潤也の姿を描いた「呼吸」とともに綴られる、何気ない日常生活に流されることの危うさ。
新たなる小説の可能性を追求した物語。
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